藤沢久美の社長Talk

今週の社長Talk


2008年8月26日放送
さくらインターネット株式会社
代表取締役社長 田中 邦裕さん

18歳で創業。上場までの10年間に得たもの

学生時代に、個人事業としてインターネット関連ビジネスを始めた田中社長。途中、副社長に退いたが、再び社長に就任。紆余曲折を経て30歳を迎えた田中社長の展望を聞いた。



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主な内容

1)世界をめざして、18歳で起業
2)成人式を迎え、合弁企業を設立
3)社長から副社長へ、危機の克服
4)30歳社長の組織運営の工夫
5)創業12年、社長30歳、未来の展望

会社データ

URL http://www.sakura.ad.jp/
設 立 1999年8月(サービス開始:1996年12月)
上 場 2005年10月 東証マザーズ
銘柄コード 3778(Yahoo!で株価を見る
資本金 895百万円(2008年2月現在)
従業員数 141名 (2008年3月現在)
主な業務 データセンター運営。「ハウジングサービス」 「専用サーバサービス」「レンタルサーバサービス」 「インターネット接続サービス」の4事業を柱として展開。

対談を終えて

 
10代の起業家

90年代終わりのITブームには、学生起業家が注目されたが、中には、10代で社長になった人もいる。今回お会いしたさくらインターネット株式会社代表取締役社長の田中邦裕さんも、そのお一人。18歳で起業した。現在、社歴は12年。上場も果たし、未だ30歳だ。インターネットという新しい技術が与えてくれたチャンスを見事に掴んだ田中さんだが、「社長というのは、起業さえすればだれでもなれる」と、いたってクール。実は、社長になることよりも、継続をすることの方が数段難しいということを、この12年間の体験を通じて、実感しているからだ。中でも大きいのが、ITバブルの崩壊とデータセンターバブルの崩壊だ。二度に渡るバブル崩壊で、多くの企業が消えていった。

二度のバブル崩壊

田中さんの立ち上げた事業は、インターネットのホスティング事業。当時、数多くのホスティング業者が生まれたが、廃業したり、買収されたりして、多くの同業者が消えていった。そうした環境の中で、上場まで果たしたさくらインターネットの差別化の戦略の一つは、低価格。この戦略が、バブル崩壊でも、価格の安さに魅力を感じるお客様を失わなかった理由でもある。
しかしこれは、たんに安かったからというわけでもない。当然、安かろう悪かろうでもない。

必ず自社で発想する

田中さんは、「自社で発想すること」を大切にしている。同業者から、「さくらインターネットはこういうやり方をするのか」と、言われるほどに、他社と同じサービスであっても、その価格と品質にはこだわりがある。データセンターも独自にデザインし、ソフトウエアも、独自開発だ。
サーバーも、多くの場合が、既製品のサーバーを購入して設置するが、同社の場合は、台湾などの海外に、部品を買い付けにいき、安くて性能の良いものを組み合わせて、最良の自作サーバーを提供している。今では、このサーバーをレンタルするホスティングサービスが、売り上げの半分を占める。
一時期、副社長に退いていたという田中さんだが、再び社長に就任され社長としての器は、さらに大きくなったのではないかと思う。




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